さよなら、Teacher


広い客間に恵はポツンと残された。

部屋には美しい調度品の数々。グランドピアノまである。
部屋を見渡しながら、深々とため息が出る。こんな暮らしをしている人がいるなんて、ホントにテレビの中みたい。


ピアノは、黒々として手垢ひとつついていない。
ピアノ。子供の頃憧れていた。習いに行きたくて、でも近くに教室がなくて、いつも学校の音楽室でこっそり弾いていた。音楽の先生が気づいて一曲だけ教えてくれたっけ。



待ちくたびれた恵は、思わずピアノの蓋を開いていた。

まだ、弾けるかな?

ゆっくり、たどたどしく、恵は鍵盤に指を置いた。幼き日が蘇る。何度も何度も飽きることなく、放課後の音楽室で練習した曲。
指が覚えている。懐かしい鍵盤の重み。
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