寂しがり屋の月兎
強い風が吹き止んで、残ったのは木の葉の掠れる音と、気まずい沈黙だけ。

望は両手でノートを押さえ、地べたに座り込みかけているのだが、そこから凍りついたように動けない。

茶髪の彼はノートの表紙を穴があくほど見つめ、しばらくしてから視線を望に移した。

望は彼と目が合った瞬間に、全身の全ての血液が脳にいったような錯覚を覚えた。

梅雨明けの乾いた空気は心地よくて、望はいつもなら好きだと思うのに、今ばかりはそれも効果がない。

ぐらぐらと揺れているみたいだ。

「……あの」

白皙の面を崩すことなく、少年が口を開いた。

普通よりは高めだが、あどけなくて、全然嫌じゃない。

よく似合う声だった。

「俺、兎田朔っていいます。一年で」

「えっ……。私は、玉川望です……。私も一年生です……」

「よろしく」

「よろしく……?」

名乗られたら名乗り返す、そういう風に教育されてきたので、混乱と羞恥の極みにあっても、当たり前の挨拶を交わした。
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