今宵、貴女の指にキスをする。
そう言われるのが嫌なら、円香が相宮の手を拒めばいい。
相宮なら円香が心底嫌がれば、逆上してまで触ろうとはしないだろう。
だけど、円香は相宮の手を拒めずにいる。
それは仕事のためではない。円香は、一途に相宮のことが好きだからだ。
しかし、そんな感情を相宮に打ち明けてしまったら最後だ。今の関係が崩れてしまうだろう。
だからこそ、本音を隠して円香は悪態をつくだけしかできないのである。
円香にしてみたら、相宮が自分の本のデザインを手がけてくれることは嬉しい。
毎回どんなデザインにしてくれるのだろう、とワクワクしていることは確かだ。
だが、それを円香の指に触れたいがために請け負ってくれているのだとしたら……?
考えるのはよそう。むなしくなるばかりだから。
円香は腰を上げて相宮に聞いた。
「コーヒーのおかわり、入れますね」
手に触れられたあと、円香は動揺した心を隠して何もなかったように振る舞うのはいつものこと。
円香にしても、相宮にしてもそうだ。
「はい、お願いします」
優しげな笑みを浮かべ、相宮は円香にマグカップを差し出す。