今宵、貴女の指にキスをする。

 七原のSOSの言葉は、相宮に届き、無事円香はこうして帰ることができた。
 七原には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 まだ七原は、円香の無事を確認していないはず。早めに伝えた方がいい。
 だが、今は相宮に手を掴まれている状態でメールを送ることは無理そうだ。

 新幹線に乗り込んだあとにでもメールをしておこう、と円香はドキドキする鼓動を抑えながら頭の片隅で思う。
 それにしても、と円香は心の中で先ほどの相宮からの言葉を思い出し、頬を赤く染めた。

 相宮は堂上に嘘をついた。
 円香と相宮は恋人同士だと言った、あの言葉だ。

 どうしてあんなことを相宮は言ったのだろうか。あのときは一瞬喜びに満ちてしまった円香だったが、こうして冷静になればわかることだった。
 楠の一件で怯えきっていた円香から、その一件を彷彿させる堂上を退けるためだったのだろう。

 あの場では円香と相宮が恋人同士で、円香が相宮を頼った。
 そういう図式の方が、堂上を説得して諦めさせるには最良だったのだろう。
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