今宵、貴女の指にキスをする。

 できれば、相宮に直接聞きたいとも思っていたのは事実だ。
 だけど、それはできなかった。

 相宮はあの日、円香と堂上のことを誤解して軽蔑したように思う。
 帰り際、冷たい視線で円香を見つめたあと、事務所を去って行ったのだから。

 そんなことがあれば、相宮が愛想を尽かしてA出版社に断りの連絡を入れたのだと円香が思ったとしても仕方がないだろう。

 円香は、とにかく怖かったのだ。
 相宮が円香の顔を二度と見たくないと思って仕事を断ってきたと聞いてしまったら立ち直れないと思ったからだ。
 だからこそ、相宮にはもちろん、七原にも本当のことを聞くことはできなかった。

 黙って俯く円香の頭上で、相宮の盛大なため息の音が聞こえる。

「私は、堂上さんから木佐先生が新作装丁は他のデザイナーでやりたいと言っていると聞いたんです」
「ご、誤解です! 私、そんなこと一言も」

 慌てて首を何度も横に振ると、相宮は感情が込められていない様子で言う。
< 115 / 157 >

この作品をシェア

pagetop