今宵、貴女の指にキスをする。

 相宮が気分を害するのは仕方がないことだ。
 あれだけ一緒に仕事をしてきた仲だ。それも新作の装丁については、すでに何度も打ち合わせ済みだった。

 それなのに、編集部に抗議の連絡をしなければ、相宮と連絡を取ろうともしない。
 そんな円香に相宮は呆れかえってしまったのだろう。

 円香の本当の気持ちを言ったとしても、今の相宮は聞いてくれないように思う。
 言い訳がましいと眉を顰める可能性だってある。

 円香はただ、相宮の熱を指先から感じて涙が滲んできてしまった。
 だが、この涙は相宮に気付かれる訳にはいかないだろう。

 円香はキュッと唇を噛みしめ、涙が零れ落ちるのを我慢するしかできない。
 それからはただ時間が経つのを待つだけだった。

 駅に着き、そこからはタクシーに乗り込む。その間もずっと相宮は円香の手を握りしめたままだ。
 これはどういうことだと考えればいいのだろう。
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