今宵、貴女の指にキスをする。
絶対に七原はこの状況を楽しんでいる。
それが分かるからこそ、円香としては複雑な思いを抱いてしまう。
唸り続ける円香を横目に、七原は帰り支度をし始めた。
それをジッと見つつも何も言えない円香に、七原はニンマリと笑う。
もちろん意味ありげにだ。
「そうそう、木佐先生。良いこと教えてあげましょうか」
「い、良いこと?」
立ち上がった七原をドキドキしながら円香は見つめる。
すると、七原は胸の辺りでギュッと指を組んだ。
そしてどこか夢見心地な様子で「きゃぁー!」と嬉しそうに黄色い声を出した。
「相宮さんが、どうして木佐先生のデビュー作から装丁を続けるのか」
「え?」
「相宮さん本人から伺ったことってありますか?」
「ないです」
首を大きく何度も横に振る円香を見つつ、七原はトートバッグを肩にかけた。