今宵、貴女の指にキスをする。

「一度、お聞きになったらいかがですか?」
「相宮さんに、ですか?」
「ええ。先生と相宮さん、少し会話が足りないように思いますよ」
「……」

 あんなにこの事務所で二人きりで打ち合わせをしているのにねぇ、と七原はどこか歯がゆそうだ。
 考え込む円香に、七原はカラッとした笑みを浮かべる。

「もう一歩踏み込む勇気があれば、今頃はもっと違う関係が築けていたかもしれないのに。いい大人なんですからね、そろそろ前に進みましょうよ」
「面目ないです……」

 こればかりは七原の言うとおりかもしれない。
 今回のことも円香が相宮のことを思いすぎて、気持ちがすれ違っていただけなのだから。

 小さく頷く円香を見て、七原は満足そうにマンションを出て行った。 

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