今宵、貴女の指にキスをする。
(あの作家さん、この前テレビで見たわ。それにあちらにいるのは楠先生! 早く新刊が出ないかしら)
円香は壁際の華に徹する気満々で、ミーハーな心を隠しもせずキョロキョロと辺りを見回し続ける。
すでに来客ではなく、スタッフのような気持ちで会場内にいると突然声をかけられた。
「木佐……ちゃん?」
「え?」
振り向くと、そこには長身の男が立っていた。
顎と鼻の下にヒゲをたくわえており、顎をさすって円香を見つめ続けている。
スリーピースのスーツをパリッと着こなしていて、洗練されているイメージだ。
大人な男といった感じで色香も感じる。
相宮はキレイで繊細な雰囲気だが、こちらの男性はどちらかと言うと野性味帯びていてワイルドなイメージだ。
だが、しかし。目の前の男性に見覚えがある。ふと、考えこむ円香の脳裏に昔の面影が過ぎった。
「あ……もしかして、堂上さん?」
「はは。やっぱり木佐ちゃんか。何年ぶりだろう?」
出会ったときは眼鏡だったし、ヒゲもなかったため、一瞬誰だかわからなかった。
デビュー時に円香の担当だった堂上だ。