今宵、貴女の指にキスをする。

 ただいま七ヶ月目。お腹には相宮と円香の子供が宿っている。
 そう、妊娠を期に仕事をセーブしているのだ。

 円香が久しぶりにA出版に来たことで軽やかな気持ちで編集部内を歩いていると、会議室から出てきた相宮を見つけた。

 隣にはA出版で働いている編集者がいる。
 にこやかに談話していたのだが、さすがの円香もそこでは嫉妬はしない。

 大事な仕事相手だ。愛想良くするのも仕事のうち。
 ただ、編集者はとても綺麗で若く、なんとなく面白くない気持ちになったのは内緒だが。

 そんな円香が次の瞬間に見たのは、相宮がその編集者の手に触れようと手を伸ばしているところだった。
 そこからは目の前が真っ暗になり、原稿だけ七原に渡すと慌てて来た道を戻ってタクシーに乗り込んだ。

 自宅に戻ろうと思ったが、すぐに相宮と話しがしたいと思った円香はタクシードライバーに共同オフィスの住所を告げていたのである。
 オフィスの中が真っ暗になっても電気を付ける気が起きず、ただただソファーに座り込んでいた。
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