今宵、貴女の指にキスをする。

「ご実家には、頻繁に帰られているのですか?」
「はい。観光客がいるような場所はあまり行かないのですけどね。ですから、あじさいを見るときは、なるべく人がいない早朝を狙って行きます」
「なるほど……いいですね」

 円香が行くときはシーズン中に行くため、観光客がごった返す。
 広大に広がるあじさいをフレームいっぱいに収めたいとカメラを構えるのだが、どうしても人が入り込んでしまう。

 人の気配がないあじさい寺。きっと素敵なんだろうと円香は想像する。
 朝露に濡れたあじさい。凛と澄んだ空気の中で見るあじさいはまた違った趣きを感じるに違いない。

 一度、早朝に行ってみたいものだ。円香が前のめりで聞き入っていると、相宮は円香を見て頬を緩める。

「一度、木佐先生に京都の町を案内して差し上げたいですね」
「本当ですか!?」

 円香が顔を綻ばせると、目の前の相宮は深く頷いた。
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