今宵、貴女の指にキスをする。

「まさか、相宮さんがいるとはねぇ」
「ええ。お生憎様でしたね」

 フフフ、ハハハ、と感情を押さえた笑い声が響くが、何も楽しそうではない。
 円香は茶封筒を抱えて再び二人の男たちを交互に見やるが、恐ろしい雰囲気は依然そのままだ。

 リビングから午後三時を告げるアラームが鳴り響いてきた。
 それを聞いた堂上は腕時計を確認して、顔を歪める。

「ああ、タイムアウトだ。これから楠先生のところに行く約束だった」
「楠先生ですか!」

 円香の声が思わず躍る。
 楠平三、ミステリー界の大御所だ。

 何を隠そう円香は楠が書くミステリー小説の大ファンである。
 デビュー当時、堂上に好きな作家は誰か聞かれたときに、迷うことなく上げた名前だ。

 そのことを覚えていたのだろう。堂上はフッと優しげに笑った。
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