今宵、貴女の指にキスをする。

 そのことについては、出版業界で七不思議の一つだと言われているとか言われていないとか。都市伝説化しているというのは……少し言い過ぎか。

 親戚筋だとか、昔からの知り合い。それならまだ周りの納得もいくだろう。
 しかし、これといって相宮と円香の接点はない。だからこそ、周りが不思議がる。

 もちろん円香自身も不思議だと思っている一人だ。
 円香の作品はそれなりの売上があるのだとは思うが、大御所作家の足元にも及ばない。それは円香自身が充分認識していることだ。

 それなのに、どうして相宮は円香の本を装丁してくれるのだろう。
 ブックデザイナーとして、円香クラスの作家ではあまりメリットはないように思うのだが……

 円香は、色彩表を手に考えこむ相宮を見つめる。
 涼しげな目元、薄い唇。シャープな顎ライン……思わず魅入ってしまうほどだ。

 そして、キレイな手。この手が、あの素晴らしい装丁を作り出しているのかと思うと、ドキドキしてしまう。
 本人に気づかれないよう、私は感嘆のため息を零した。
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