今宵、貴女の指にキスをする。

 事の始まりはA出版パーティーだったと思う。
 デビュー当時の担当、堂上に再会したことにより、歯車が確実に噛み合わなくなった。

『木佐ちゃんを口説きたい』そんな言葉を堂上にかけられた円香は、最初こそ動揺していた。
 だが次第にからかわれただけだと解釈してキレイさっぱり忘れようとしていた。なのに……

 ため息しか出てこない。円香はプラットホームから覗く青空を見上げた。
 どんよりとした円香の心とは裏腹に、空はとても澄み切っている。

 梅雨空はどこかに吹っ飛び、夏が顔を出してきたように感じるほど太陽の光が照りつけていた。

 今日はこれから日帰りで取材旅行だ。
 連載短編は、今度発刊する本のスピンオフに決定したからだ。

 今度発刊する本は、京都が舞台。そのために表紙装丁を相宮が京都の香りがする表紙にしようと考えてくれていたのだが……
 それはお流れになってしまった。そのうち別のデザイナーが決まり、打ち合わせを再度することになるのだろう。
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