今宵、貴女の指にキスをする。
チクチクと胸が痛い。苦しくて、どうにかなってしまいそうだ。
相宮に装丁をしてもらえない。それも悲しいことの一つではあるが、円香としてはそれより何よりこれから先、相宮と仕事ができない方が苦しく悲しいのだ。
もう、円香の目の前に相宮が現れることはないのだろう。
円香の事務所兼自宅マンションで作品について、仕事の姿勢について討論をすることもない。
そろそろ七原が来る頃だろうか。
電光掲示板を見つつ、まだ自分たちが乗る新幹線が到着するのには時間があるなぁとぼんやりと思っていた。そのときだった。
円香の肩をポンと叩く人物がいた。円香はその人物が七原だと疑わず、笑顔で振り向く。
だが、その表情はピキッと効果音がしそうなほど固まった。
「よっ、木佐ちゃん」
「ど、堂上さん……? え、どうして? 七原さんは?」
今日一緒に取材旅行に行く七原の姿が見えない。
七原がいないのに、どうして堂上だけがこの場にいるのだろうか。
慌てふためく円香を見て、堂上はニッと口角を上げる。