今宵、貴女の指にキスをする。

『木佐先生、本当にすみません。それで取材旅行なんですが、私の後輩を連れて行ってください』
「え?」
『え? まだ木佐先生のところに伺っていませんか? そのことについて何度も木佐先生に電話させていただいていたんですけど……』

 電話口の七原は円香の様子を感じとり戸惑いを見せているが、円香とて戸惑いを隠せない。
 七原の後輩という人物は未だ現れない代わりに、目の前には七原の上司である堂上がいるのだから。

 困惑の色を浮かべている円香に、堂上は手を差し出している。
 七原と電話を代われと言っているのだろう。
 円香は渋々スマホを堂上に手渡した。

「おう、七原か」
『堂上課長!? ど、ど、どうして?』

 七原はかなり大きな声で叫んだのだろう。スマホを耳にしていない円香にも声が丸聞こえだ。
 慌てふためく七原に、堂上はハハハと豪快に笑った。
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