今宵、貴女の指にキスをする。

 こんな調子の堂上には何を言っても無駄だと、今更ながらに学習したからだ。
 小さく息を吐き出したあと、円香は持ってきていたトートバッグを肩にかけ直した。

「じゃあ、早速○○堂さんに行きましょうか」
「はいはい、木佐ちゃん。今日一日お供しますよ」

 よろしくお願いします、と頭を下げる円香を見て、堂上はくすぐったそうな表情を浮かべる。

「なんだか昔に戻ったみたいだなぁ」
「え?」

 頭を上げた円香に、堂上は感慨深そうに頷いた。

「デビュー当時の木佐ちゃんを担当していた訳だけど。あの頃と全然変わらないなぁ」
「そ、そうですか?」

 円香としては複雑な気持ちだ。
 デビュー当初の円香を知っている堂上に"成長が見られない”と言われたのも同じこと。
 本人が知らない間にできた眉間の皺を見て、堂上は指を差して円香に指摘する。
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