今宵、貴女の指にキスをする。

「ははは! 冗談、冗談」
「堂上さん!」

 むきになって怒る円香を宥め、堂上は慣れた様子でタクシー乗り場へと行く。
 堂上が何度も京都に訪れたことがある様子に、円香は目を丸くする。

 タクシーの後部座席の扉が開き、そこに円香と堂上は乗りこんだ。
 堂上はすぐさまドライバーに声をかける。

「東山区、△△、○○堂に」

 わかりました、とドライバーは返事をすると、すぐさま車は動き出した。
 京都駅のロータリーを抜け、車道へと入っていく。

 その様子を見つめながら、円香は隣りに座る堂上に声をかける。

「堂上さんは、よくこちらへ?」
「おお。実はとある先生の事務所が京都にあるからな」
「とある先生?」

 一体誰のことだろうか。堂上が担当する作家となると、かなりの大物に違いない。
 あの先生かな、それともこの先生かな。円香があれこれ考えを巡らせていると、堂上がニンマリと意味ありげに笑う。

「おお、とある先生だ」
「……」

 意地でも教えてくれないらしい。
 まだ考え込んでいる円香に、堂上は得意げに言う。
< 63 / 157 >

この作品をシェア

pagetop