今宵、貴女の指にキスをする。

 ベストセラーを出したわけでもなく、これと言って特記することもない円香の作品に、どうして相宮が全力を注いでいるのか。
 結局は、いつもその考えに至り、悩みこんでしまう。

 円香が悩み続ける理由。それは心ない声が円香の耳には入ってくるからでもある。

 相宮が円香の作品を手がけるのは、『円香が色仕掛けをしているからじゃないか』と面と向かって言ってくる猛者も多い。
 腹の立つ言葉ではある。だが、あながちそれは嘘ではないことに、円香はため息が零れてしまう。
 いつもの永遠ループ。考えても考えても答えに行き着かない悩みに、円香は肩を落とした。

 その様子をジッと相宮は見つめていたようで、心配そうに円香に声をかけてきた。

「今日はどうしたんですか?」
「え?」
「心ここにあらず、ですね。お疲れですか? 木佐先生」
「えっと、その……ですから、私に先生は止めてくださいと何度も言っていますよね? 相宮さん」

 図星だった。ボーッとしていたことを指摘され恥ずかしが込み上げる。
 円香は頬を真っ赤にし、恥ずかしさ紛れに反論した。
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