今宵、貴女の指にキスをする。

「木佐ちゃんが大好きなシリーズを出している先生」
「え?」
「これだけヒント出せば分かるだろう?」
「も、も、もしかして……!」

 驚きに満ちた顔で円香は堂上を見る。
 堂上は何も言わないが、それが答えだと感じた。

 円香が小説家になる前から大好きで、ずっとシリーズを追いかけている作家がいる。
 楠平三。彼の描く世界がとても好きで、今か今かと新刊が出るのを楽しみにしていた。

 この前A出版創立記念パーティーのときにも見かけたが、声はかけることはできなかった。

 楠にしてみたら、まだまだ駆け出しの作家にすぎない自分。
 そんな人間が、いきなり有名作家に声をかけるなんてできるはずがない。

 あの日は壁の花を決め込んでずっと隅にいたのだから、楠と話すことなどできるはずもない。
 そんな人と、これから会うことができるというのか。
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