今宵、貴女の指にキスをする。

 楠平三。ミステリー作家の重鎮だと言っても過言ではないだろう。
 年齢は四十代前半。何かの雑誌に書いてあったことなので、少々うろ覚えではあるが作家として脂がのっている時期かもしれない。
 数々の有名文学賞を受賞している、名実ともに有名ミステリー作家だ。

 今作のミステリーシリーズは、今まで以上に難解なお話で次を早く読みたいと叫びたくなるほど面白い。
 色々な思いを抱きながら、円香は楠の前に立つ。
 ゆったりとほほ笑む楠は、重鎮の貫禄とオーラに包まれていて近づくのに勇気がいる。

 円香は、緊張した面持ちで楠に頭を下げる。

「初めまして、私」
「知っているよ。木佐円香先生だね?」
「え?」

 驚いて顔を上げると、楠は目の前のソファーを指差した。

「立ち話も何だから、座って話しましょう。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 失礼します、と声をかけてからソファーに座る。
 カチンと固まっている円香に、楠は楽しげに笑った。
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