今宵、貴女の指にキスをする。
「相変わらず堂上くんは忙しいねぇ。重鎮ばかり担当しているから。いいよ、大丈夫。先に木佐先生とご飯食べているよ」
「申し訳ありません。ちょっと原稿のトラブルみたいでして……、少し電話をしてから店に向かいます」
私の名前で予約してありますので、と言うと堂上はエレベーターには乗らず、すぐさまエレベーターホールの隅で電話をかけ始めた。
堂上を待っていた方がいいのではないか。そう思った円香だったが、楠に促されては動かない訳にはいかない。
扉が開いているエレベーターに楠と乗り込む。
楠は慣れているようで、開閉ボタンを押してから円香を振り返った。
「堂上くんが予約してくれた店だけど、直通じゃいけないんだ」
「そうなんですか?」
「ええ。一度二十階で乗り換えますからね」
穏やかな笑みを浮かべる楠に、円香は頷き返す。
二十階に着き、いくつかあったエレベータのうち、すぐに扉が開いたエレベーターに乗り込む。
そこでも楠は円香をエスコートしてくれた。
スマートに女性をエスコートする様は、やっぱり大人な男性だと感心する。