今宵、貴女の指にキスをする。
楠はとある部屋の前に立っている。
どうしたのか、と近づいた円香だったが、すぐに身体が硬直してしまった。
なぜか楠はそこの部屋の鍵を持っていたようで、鍵を開けて部屋の扉を開く。
もしかしてつい先日まで原稿が上がらなくてホテルに缶詰状態だったのだろうか。
そして、何か忘れ物があって取りに来たのだろう。そう思いたかった。
だが、現実は違った。円香の頭の片隅にあったイヤな予感が的中してしまう。
「さて、木佐先生。どうぞ」
「どうぞって……堂上さんが予約してくれた店は?」
「ははは、何を言い出したかと思えば。店なんて予約していませんよ」
「え……」
目を見開く円香に、楠は先ほどまでとは打って変わって策士な表情を浮かべた。
「堂上くんは協力してくれたんですよ」
「どういう、意味ですか?」
足が震える。円香は後ずさりしながら、楠から距離を離そうとした。
だが、楠は円香が一歩後ずさりするたびに、一歩近づいてくる。
なかなか距離を離すことができない。