今宵、貴女の指にキスをする。

「全部言わないと分からないかな? 君は堂上くんからの貢ぎ物ってところかな」
「う……そ」
「彼もたいしたものだね。仕事のためには、ある種犠牲を顧みないということかな」

 さぁ、どうぞ。楠は部屋の扉を開き、中へと円香を誘う。
 呆然としている円香に対し、楠はイヤらしく笑った。

「いいんだよ、逃げ出しても。でも、そうしたらこの世界でやっていけなくするだけ。私にはそれだけの力があるからね」
「……!」

 さぁ、と再び円香に声をかけてくる。
 間違った選択はしないでくれよ、そんな楠の気持ちが聞こえてくるように感じる。

 だが、円香はその誘いには乗らなかった。
 こんなのは間違っている。円香はキュッと唇を噛みしめた。

「今日は貴重な時間を割いていただきありがとうございました。失礼いたします」

 頭を下げ、踵を返す。
 背後から小さく息を吐き出す音が聞こえたが、円香は振り返らない。
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