今宵、貴女の指にキスをする。
10
(やだ……怖かった!)

 今、エレベーターには円香一人きりだ。
 安心できるはずなのに、人がいないことに不安を覚える。

 二十階につき、今度は一階まで下りるエレベーターに乗りこもうとしたときだった。

「あれ? 木佐ちゃん。どうしたの?」
「っ!」

 振り返ると、そこには驚いた顔をして目を丸くする堂上がいた。
 どうしてここに、という声を飲み込み、ただただ円香は彼を見つめる。

「え? 楠先生は? 一緒にお店に行ったはずじゃ」

 不審顔の堂上に声が出ず、円香は慌てて一階のボタンを押して扉を閉めた。
 閉まる瞬間、「木佐ちゃん!?」と驚く堂上の顔が見えたが、今はとにかくここから逃げ出したかった。

 先ほどの堂上の様子を見る限り、楠が言っていたことは嘘だったのではないかと思い直す。
 だが、まだわからない。今、堂上に捕まったら大変なことになる可能性だってある。
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