今宵、貴女の指にキスをする。
円香を乗せたエレベーターは一階に降り立ち、扉が開いた瞬間円香は一人京都の町に飛び出した。
駅近くのホテルなのだから、すぐさま新幹線に乗って帰ってしまおう。
そう思った円香だが、なぜか駅とは逆方向へと足が向いていた。
以前、相宮が言っていたことを思い出す。
『円香先生は京都がお好きなんですよね?』
『ええ。でも、有名どころしか行ったことがなくて……』
『それなら、京都タワーに上ったことはありますか? あそこからの夜景を見ていると、ホッとするんですよね。私が手がけた装丁にもいくつか影響されて描いたモノがあるんですよ』
朗らかに笑って言う相宮。ゆっくりと円香の指に触れながら、そんな他愛もない話をしたのはいつのことだっただろうか。
相宮が円香の事務所に来なくなってだいぶ経つ。挙げ句、相宮は円香とタッグを組んでいた仕事まで降りてしまった。
もう、相宮との接点はないのに、こんなふうに彼を思う自分は未練がましいのだろうか。