今宵、貴女の指にキスをする。

 円香は、涙が浮かんできそうになるのをグッと堪え、駅前にある京都タワーへと足を向ける。
 相宮が言っていた景色を見れば、少しはこの波だった気持ちが落ち着くかもしれない。

 相宮への気持ちも昇華される日がくるかもしれないが、それは……まだまだ先のことになるだろう。

「その前に仕事がなくなっちゃうかもしれないなぁ」

 執筆の仕事を続けていけば、いつか相宮と再び仕事をする日がくるかもしれない。
 会える日がくるかもしれない。会いたい。今すぐ会いたい。

 そんな一縷の望みはなくなってしまうかもしれない。だけど、あそこで権力に負けるのはイヤだった。
 いくら憧れていた作家でも、イヤなモノはイヤだ。

 今回のことで楠のイメージがガラリと音を立てて変わってしまった。
 ただ、無理強いを言われなかったのが不幸中の幸いだ。

 恐らく、逃げるような女に縋ることはしないという、楠のプライドの高さに救われた。
 そういうことなのだと思う。
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