今宵、貴女の指にキスをする。

『実は今、京都にいるんです』
「え……?」

 円香が驚いて目を見開いていると、電話口で相宮がまくし立てるように言う。

『実は先ほど七原さんと電話で話しまして……木佐先生が今、京都にいると聞きました』
「っ」
『一緒に食事を……いえ、純粋に貴女に会いたくて連絡をしました』

 だめでしょうか。相宮がどこか切羽詰まったように懇願するかのように囁く。
 その途端、円香の胸がキュッと締め付けられた。

 会いたいのは円香とて同じだ。
 相宮とずっと会いたいと思っていた。今度仕事で会ったときに口論になってしまったことを謝ろう、きちんと話して分かってもらおう。
 そう思っていたのに、突然相宮が円香との仕事をキャンセルしてきた。

 それがすべての答えだと思った円香は、それ以上相宮を追いかけるのは無理なことなのだろうと諦めたのである。
 相宮から円香と距離を取りたい。そう言ってきたのと同じことだからだ。

 だけど今、相宮は円香と電話で話し、会いたいと言ってきている。
 このチャンスを逃したら、もう二度と相宮と会うことができなくなるかもしれない。
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