宝石姫と我が儘な教え子
「やっぱり納得いかないなー」
高柳くんは凝り性なのか、宝石用のスコープを覗いて不満げに眉をしかめている。石を削ってはまたやり直していた。
「高柳くんが最後なんだけど、もう終わりでいいよね?」
「全然良くない。まだできてないよ」
「でもさ、そろそろ適当に切り上げてくれない?」
あの日以来、彼の半径一メートル以内には近寄らないようにしていた。態度だって極力ぶっきらぼうにしてる。悪ふざけにキスなどされてはかなわない。
そう、あれは悪ふざけなのだと私の中で結論が出ていた。教師に手を出す悪戯は、高校生にとってはちょっとした武勇伝になるのかもしれない。だから高柳くんにはこれ以上近づかないこと。それが悪戯を止める最善の策である。
しかし彼の手に光る輝きを見て、その計算が吹き飛んだ。
「どうしてそんなに綺麗にできるの!?」
透明な模造品はきらびやかに光を反射している。ラウンドブリリアントカットの仕上がりは授業の始めに作っていたいびつな形とは桁違いに美しく、常軌を逸する出来映えに見える。
「形は合ってるのにH&Cができないんだ。」
H&Cとはハートアンドキューピッドの略。ダイヤモンドのカットが極めて美しく整っている場合のみ、上から見ると八本の矢が、下から見ると八つのハートが浮かび上がる。
見た目の美しさもさることながら、最愛の人の心を射止めるというロマンチックな逸話まである。
「ハートアンドキューピッドのダイヤモンドなんて最高級品の中でもごくわずかの、職人技の奇跡なんだよ。
高校の授業で、しかもイミテーションの宝石を使って作れるわけないでしょ」
「まじで…」
高柳くんは本気でショックを受けてるようだった。
高柳くんが一貫して無色透明の素材を選んでいたのは、ダイヤモンドのH&Cを作りたかったからだったんだ。無謀とも言える目標に思わず笑ってしまう。
「H&Cが見えなくても十分綺麗じゃない。カットの一つ一つが丁寧で真剣に作られてるからこんなに美しくなるんだよ。自信を持って」
「……じゃあ、今はこれでもいい?
いつか本物を買ってあげるから。」