宝石姫と我が儘な教え子
「離して」ともう一度言うと、今度は「ヤダ」とそうっと触れるように抱き締められる。
始めこそドキドキしたものの、それ以上に彼のほうが怖がるような素振りなので微笑ましくなった。女の子に慣れてるとは思えないほど抱擁がぎこちない。
「本当にどうしたの?」
顔を上げようとしたら後頭部に手を置かれて遮られる。だからこのときの宗次郎くんの表情は知らない。
「瑠衣、もう少しだけこのままいさせて」
でも、彼に包まれた時の匂いと暖かさを、私は今でもはっきりと覚えている。
その日以降も、たまにカフェで会う日々は続いた。
「こんな所にいないで、もっと時間を有意義にを使ったら?ぼけっとしてたら落第するよ」
「そんなヘマしないって。瑠衣はまだ俺の先生でいるつもり?」
日常は変わらないようで、少しずつ変わっていく。病院で検査する間隔は短くなり、固形物はほとんど食べられなくなった。
生活の殆どを車椅子で移動するようになったけれど、彼に会うときだけは車椅子は使わずに両親に送り迎えを頼んだ。
少しずつ死んでいくというのは、ちゃんと準備ができるというメリットもある。幕引きのタイミングは医師に聞かなくても分かるものだ。
だから、彼に会えるのは今日で最後になる。