宝石姫と我が儘な教え子


「何を言ってるのかさっぱり分からないわ。結婚するのよ。めちゃくちゃ玉の輿なんだから!」


「隠さなくて大丈夫だよ。ずっと一緒にいる。

俺はもう、事実から目隠しされなきゃならない子供じゃない」


宗次郎くんは表情を変えずに真っ直ぐこちらを向いていた。だけどこめかみが微かに動いてる。無表情なのは奥歯を噛んでるからだ。普段の表情がいつも笑顔っぽいから、作り物の平静だと分かってしまう。



…やだな。いつからばれてたんだろう。

騙されてるふりをするなら、最後までそうして欲しかった。それが大人の男の作法なのだと誰か彼に教えてくれれば良いのに。


「もうすぐ新居に移るの。つきまとわれたら迷惑だから止めてよ。まさか私が宗次郎くんに本気になるとでも思ったの?

そうだ、これ要らないから返すね」


テーブルにそっと模造品の宝石を置く。彼の作った美しいラウンドブリリアントカットがキラキラと輝いた。


「それなら、どうしてこんなもの今まで持ってんだよっ。ただの美術の課題なんか…」


宗次郎くんは光の粒をぎゅっと握り締める。手が震えていた。


「結婚なんかするな。瑠衣の望み通りの男になるまで待てって言ったろ。

俺が瑠衣を治せる医者になれるまで……もう少し…待っててよ」


彼の瞳は真っ赤になっていたけど、涙が落ちることはなかった。私の前で泣くことを禁じているのだろう。彼は優しくて、自分にはとても厳しいことを知ってる。

浮わついてるように見えて、本当はとても真っ直ぐなのだ。普段はうそぶいてばかりで分かりづらいけど、彼の心は子供のように柔らかい。それを隠すようにいつも少しだけ背伸びしてる。


そういうところが大好きだった。



「馬鹿ね。結婚が決まった相手に『おめでとう』のひとつも言えないの」


本当は教師として何かを手渡してあげたかったけれど、いつも私が宗次郎くんから貰うばかりだったね。








入院した先では、何度か雨が降っているのを見た気がする。強い痛み止めのせいで常に意識は朦朧としていた。

目を閉じると彼の姿が浮かぶ。最後にあんな顔をさせてしまったことだけが心残りだった。
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