宝石姫と我が儘な教え子
もう呼ばれるはずのない名前だった。

どうしてこの者は私の過去の名前を知っているの。それにその声は…その顔立ちは…。


「すっげぇ、いい夢…」


理屈抜きに心を溶かす琥珀色の瞳。端正な顔立ちは昨晩描いたスケッチとそっくりだけれど、ひとつだけ違っている。

少年らしい線の細さがなく、それどころか自分より歳上に見える。花と同じように髪や顔が濡れていて、何故だか視線を合わせるのを躊躇ってしまう。

かといって目線を下げれば、艶っぽく上向きの弧を描く唇が目に飛び込んで、どこを見ても不思議と後ろめたい気持ちになる。


すぐにでも護衛を呼ばなきゃ。そうと分かっているのに魅入られたように少しも動けない。腕を絡めとられたままごろんと転がって私が上に乗る格好になる。


「元気そうだね、瑠衣。昔より幼い気もするけど…。ああ、前より丸いからか。」


「ま、丸!?失礼な…」


侵入者はくすりと笑って頬に指先を滑らせる。


「体もちゃんと重たいし…」


丸い、重たいなどと普通に聞けば失礼な言葉を放ちながら、その声は慈愛に満ちていている。

腕が背中に回った。羽毛のような柔らかさでそうっと抱きしめられる。その感触は記憶していたものと同じだった。肌の温かさも、香りも。


「会いたかった」


静かなため息が聞こえる間、不覚なことに私はただ腕の中でじっとしていた。喉がきゅうっとなって、音を立てないように息を止めた程だ。


「変わったインテリアだね。奇抜な服着てるし、コスプレとかそういう趣味あったっけ?」


「ち、違…」


取り合ってる場合ではないのに、笑って指摘されると全力で否定したくなる。奇抜な服と言われたのもショックだ。だいたい、そう言う本人は何を着てるのよ。



「って!ふ、ふ、服着てよ!何でハダカ!?」


「あはは、そんな喜ばなくたって」


「喜んでないってば!良いから早く着て」


「どうせ邪魔になるんだから良くない?俺、服持ってないみたいだし」


もう一度抱きつかれそうになって無意識に叫ぶ。


「宗次郎くん!待っ」
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