梅雨前線通過中
 晴れた日に、女物の雨傘を広げて待ち続けていた彼を想う。
 美緒は傘を両手で握りしめた。

「ご飯、まだでしょう? お礼にごちそうさせて。この辺りじゃ、ファミレスかラーメン屋さんくらいしかないけど」

「……ええっとさ」

「迷惑だっ――なにっ?」

 いきなり腕を引かれ、美緒と金谷との距離が狭まった。その背後を、到着したばかりの電車から吐き出された乗客が、我先にと家路を急ぐ。
 ロータリーの片隅でその流れを見送ってから、金谷がおもむろに口を開いた。

「俺、独身なんだ」

「うん」

 それは先日のやりとりで判明している。
 ただその声のトーンは、携帯の画面に表示された文字から受けた印象とは異なり、妙に切羽詰まっているように感じられた。

「証拠をみせろって言われても、この場では無理だけど」

 当然だ。理由なく戸籍謄本を持ち歩いている人など、めったにいないだろう。

「ついでに言うと、女の子と食事して問題が起こるような相手も、今はいないから」 

「そう、なんだ」
 
「こっちは、それこそ証明のしようがないけど」 

「別に疑ってなんか……」

「で、岡本さんは?」

「私?」

 金谷は神妙な面持ちでうなずいた。

「独身、なんだよね。その……予定は?」

「いまのところは、まったくの未定です」

「じゃあ、俺が食事に誘ってもいい?」

 それが文字通り食事をすることを指すものか、その未来(さき)も含めての誘いなのかなど、金谷の表情から一目瞭然である。
 一方で、美緒が俯きがちに小さくうなずいた、その意味も。 
 
「やっぱりさ、こういうのはちゃんと会って訊きたかったから」 

 携帯のディスプレイ越しの文字では、伝えきれない言葉がある。 
 緊張を解いた金谷が、安心したように笑った。


――本日気象庁より、「関東甲信越地方が梅雨明けしたとみられる」との発表がありました。
 昨年より一週間遅く、平年に比べても十日ほど遅い梅雨明けとなりましたが、いよいよ本格的な夏の到来です。――


  【 完 】
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