梅雨前線通過中
 明日からはまた仕事。一週間溜めこんだ家事を片付けようと立ちあがったそのとき、携帯が、重い気持ちとは真逆の軽快な音を鳴らす。

『岡本さんのだったんだ!』

 今度は、金谷から個別のメッセージが届いた。
 美緒の登録名は『mio』だ。アイコンも当たり障りのない花の写真を使っている。それにもかかわらず、金谷が名字で返してきたことが意外だった。

  集まった級友の大半は、小学校卒業後もそのまま同じ学区にある公立中学校へ上がった。数名いたはずの私立進学組で参加したのは、美緒だけのようだ。
 ただでさえともに過ごした時間が少ないうえに、クラスでも特段目立つ存在ではなかったと自覚している。金谷が自分を覚えていたばかりか、『mio』が美緒だと気づくとは思わなかった。

『昨日はだいぶ酔ってたみたいだけど大丈夫?』

 間を置かず受け取ったメッセージに、またしても軽い驚きと羞恥が美緒を襲う。
 
『傘 ありがとうございます
でも捨ててもらってかまわないから』

 あえて昨夜のことには触れずに返信する。

『二次会も先にあがったし
もしかしてなにかあった?』

『そんなことないよ
久しぶりにみんなと会えて楽しかった』

『なら良かったけど
俺幹事なんて初めてやったから』

 美緒の言葉は、半分本当で半分嘘である。
 受験準備に追われて過ごした高学年だったが、小学校での思い出話ならまだついていけた。ところが、話題が中学高校に及んでしまうと、同窓のいない美緒には口を挟む余地がない。手持ち無沙汰を慰めていたら、つい酒が進んでしまっていた。
 しかしそれを、幹事だからという理由で金谷にぶつけてもしかたがない。
『お疲れさまでした』とイラストを送ってねぎらった。

『傘うちで預かってるんだけどどうしよう?』

『仕事が繁忙期で受取りに行けないと思う』

『じゃあ家に届けておくよ
吉沢生花店の向かいだったよね』

『なんで知ってるの?』

 今度こそ驚きを隠せず尋ねてしまう。美緒は、当時でも金谷の自宅がどこにあるかも知らなかった。

『よく仏壇の花を買いに行かされたんだ
その時にみかけた』

『そうだったんだ
でもそこまでしてくれなくていいよ
それに私は実家にはいないから
安物だし気にしないで』

『家族の人は住んでいるんだよね
たまには帰ってくんるんでしょ?』

 滑らかに動いていた指が止まる。
 美緒が大学を卒業と同時に家を出た。その翌年に父を亡くし、今、実家には母と兄一家が住んでいた。すっかりリフォームされた家で美緒が使っていた部屋は、姪っ子のものとなっている。なんとなく高くなった敷居を最後に跨いだのは、いつだったかも思い出せない。
 そんな個人的な事情をただの同級生に説明されても、相手は困るだろう。

『やっぱり捨ててください』

 悩んだ結果、その一言だけを入力して、携帯を置いた。

 家事雑用をすませて携帯を確認しても、その後、金谷からのメッセージは届いていなかった。
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