梅雨前線通過中
梅雨空
梅雨空の戻った月曜日。
一昨日の疲れが抜けきらず、美緒は帰宅ラッシュの電車でうとうととしていた。運良く座れた席でがくっと身体が傾いだ瞬間、耳に入った車内アナウンスに目が覚める。
「すみません! 降ります!」
人をかき分け、電車から降りた。
朝から降っていた雨は、改札を出てもまだ止む気配はない。今年の梅雨明けは、もう少し先になりそうだ。
ビニール傘越しに見上げた空は、夜の色をしている。朝は灰色をしていた。透明な傘はその日の空で色を変えるが、当然ながら暗い色ばかりだ。
次は、内側に青空か星空が広がる傘にしようか。玄関前でカバンの底に沈んだ鍵を探しながら考える。
ビニール傘と折畳み傘が二本。これだけあれば事足りると思ったが、やはり不便だし味気ない。
狭い玄関のシューズボックスに、濡れた傘を立てかけたときには、傘を新調すると心に決めていた。
リビングの灯り、エアコンのスイッチ、テレビの電源。順に点けると、無人だった部屋に人の営みが戻る。
「明日の天気は……あれ? 金谷君からだ」
ネットで調べようとカバンから取り出した携帯に、メッセージの着信があることに気づく。
『今電車?』
唐突な質問に美緒は首をひねりつつ、『自宅』と送ろうする寸前で削除した。送信時刻は二十分ほど前になっている。そのころは、まさに電車に乗っていたのだ。
『家です
会社から電車で帰ってきたところ』
『こんばんは』と挨拶するカエルのあとに続けた。
携帯をローテーブルに置き、昨日作ったカレーを温める。その間にまた、メッセージが届いていた。
『突然ごめん
もしかして田之口駅で降りた?』
最寄り駅だ。なぜ金谷が知っているのか。
スプーンでカレーとご飯を混ぜながら考える美緒の眉間にシワが寄る。
『どうして?』
送信まで空いた間と短い言葉で警戒心が伝わったのか、しばらく静まっていた携帯が長文を受信した。
『さっき電車の中で岡本さんっぽい人をみかけたんだ
俯いていたし間違っていたら恥ずかしいからメッセージを送ったんだけど反応がなくて
田之口に着いたときにやっぱりそうだと思ったら
……降りちゃった』
画面の中で柴犬が『ごめん』と頭を下げる。
美緒はスプーンを置いて、慌てて返信した。
『全然気づかなかった!』
金谷にも、着信にも。送ったカエルと共に心の中で両手を合わせて謝る。
『いつもあの電車?』
『もう少し早いかな
今日はバスが遅れたから』
『俺は定時であがればあの時間だから
傘渡せるかと思ったんだけど』
しょぼん、と後ろ向きの柴犬が尻尾を垂らしていた。
『捨てちゃっていいのに』
『もったいない
きれいな色なのに』
『小学生みたいって言われたことならあるけど』
『ほら
これみたい!』
どん、と送られてきたのは、青い空の下に広がる一面のひまわり畑だった。
一昨日の疲れが抜けきらず、美緒は帰宅ラッシュの電車でうとうととしていた。運良く座れた席でがくっと身体が傾いだ瞬間、耳に入った車内アナウンスに目が覚める。
「すみません! 降ります!」
人をかき分け、電車から降りた。
朝から降っていた雨は、改札を出てもまだ止む気配はない。今年の梅雨明けは、もう少し先になりそうだ。
ビニール傘越しに見上げた空は、夜の色をしている。朝は灰色をしていた。透明な傘はその日の空で色を変えるが、当然ながら暗い色ばかりだ。
次は、内側に青空か星空が広がる傘にしようか。玄関前でカバンの底に沈んだ鍵を探しながら考える。
ビニール傘と折畳み傘が二本。これだけあれば事足りると思ったが、やはり不便だし味気ない。
狭い玄関のシューズボックスに、濡れた傘を立てかけたときには、傘を新調すると心に決めていた。
リビングの灯り、エアコンのスイッチ、テレビの電源。順に点けると、無人だった部屋に人の営みが戻る。
「明日の天気は……あれ? 金谷君からだ」
ネットで調べようとカバンから取り出した携帯に、メッセージの着信があることに気づく。
『今電車?』
唐突な質問に美緒は首をひねりつつ、『自宅』と送ろうする寸前で削除した。送信時刻は二十分ほど前になっている。そのころは、まさに電車に乗っていたのだ。
『家です
会社から電車で帰ってきたところ』
『こんばんは』と挨拶するカエルのあとに続けた。
携帯をローテーブルに置き、昨日作ったカレーを温める。その間にまた、メッセージが届いていた。
『突然ごめん
もしかして田之口駅で降りた?』
最寄り駅だ。なぜ金谷が知っているのか。
スプーンでカレーとご飯を混ぜながら考える美緒の眉間にシワが寄る。
『どうして?』
送信まで空いた間と短い言葉で警戒心が伝わったのか、しばらく静まっていた携帯が長文を受信した。
『さっき電車の中で岡本さんっぽい人をみかけたんだ
俯いていたし間違っていたら恥ずかしいからメッセージを送ったんだけど反応がなくて
田之口に着いたときにやっぱりそうだと思ったら
……降りちゃった』
画面の中で柴犬が『ごめん』と頭を下げる。
美緒はスプーンを置いて、慌てて返信した。
『全然気づかなかった!』
金谷にも、着信にも。送ったカエルと共に心の中で両手を合わせて謝る。
『いつもあの電車?』
『もう少し早いかな
今日はバスが遅れたから』
『俺は定時であがればあの時間だから
傘渡せるかと思ったんだけど』
しょぼん、と後ろ向きの柴犬が尻尾を垂らしていた。
『捨てちゃっていいのに』
『もったいない
きれいな色なのに』
『小学生みたいって言われたことならあるけど』
『ほら
これみたい!』
どん、と送られてきたのは、青い空の下に広がる一面のひまわり畑だった。