梅雨前線通過中
暴れ梅雨
 水気を帯びたタイヤの音で目が覚めた水曜日。
 ニュースで確認するまでもなく、丸一日降り続くだろう。大粒の雨を落とす鈍色の雲は、傘のビニール越しでも重苦しい。ファッション性は二の次で買ったレインブーツで、水たまりの真ん中を行く。

 大陸に向かっていたはずの台風が進路を大幅に変え、日本列島に沿って北上しているそうだ。
 午後のお茶の時間に、そんな会話が耳に入る。窓ガラスには打ちつけられた雨粒が、滝のように伝い落ちていった。

 退勤時刻になっても雨脚の衰える気配はない。ゴミのつまった排水溝からは、処理しきれない雨水が溢れている。

「雨、すごいねー。車で送っていくよ」

 帰り支度をしていると、自動車通勤の先輩が申し出てくれる。美緒は携帯に表示される時間と窓の外を見比べた。
 じつは昼に、金谷からメッセージが入っていたのだ。

『今日は乗れそう』

『私もたぶん大丈夫』

『じゃあ三両目一番後ろのドアで』

 そんな約束になっていた。

「ありがとうございます。だったら、駅までお願いしてもいいですか」

「駅? いいよ、家まで行ってあげる」

「加藤さん、遠回りになるじゃないですか。保育園のお迎えに遅れちゃいますよ。私は駅で十分です」

 この土砂降りだ。いつ来るかもわからないバスを待っていては、間に合わないかもしれない。加藤の厚意に甘えることにする。
 実際、助手席から見たバス停には、苛立たしげにバスの到着を待つ傘の列ができていた。
 礼を言い、ロータリーで車から降りた美緒が改札をくぐると、遅延を詫びる案内が聞える。時間的にはほぼ正確に到着する次は、本来ならば件の電車の一本前のものだという。

『電車遅れているみたいだけど乗ってる?』

 メッセージを送ってみるが反応はない。ほどなくホームに入ってきた電車に金谷の姿は見当たらず、美緒を乗せぬまま発車する。
 十分ほど経ち、次の到着のアナウンスが流れても、返事どころか既読にもなっていない。諦めて、目の前で開いた扉から乗り込んだ。
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