梅雨前線通過中
田之口駅を出ると、風雨は傘骨がしなるほど強くなっていた。ビニール傘は意味をなさず、レインブーツの内側にまで雨滴が入ってきて気持ちが悪い。
美緒は、途中で買い物をする気にもなれず家路を急いだ。
帰宅後すぐにシャワーを浴びる。生乾きの髪をシュシュでまとめ、茹でたパスタにレトルトのミートソースで夕食をすませた。
テレビの情報によれば、台風は本土上陸こそしないものの、梅雨前線を刺激し大雨を降らせているらしい。海岸沿いでの水害も懸念されていた。
築二十年を超えるアパートの窓がカタカタと音を立てる。遮光カーテンを開け外を眺めると、街灯に照らされた街路樹が大きく枝を揺すられていた。
まさかこの部屋が浸水するようなことはないだろうが、停電にでもなったら面倒だ。念のため携帯の充電をチェックしようとして、メッセージがあることに気づく。
表示された画面で、柴犬が土下座をして謝り続けていた。
『遅くなってごめん
その電車乗れなかった』
ほん五分前に送られてきたらしい。おそらく急な用事でも入ったのだろう。
『こっちこそ忙しいのにごめんね』
手を合わせて謝るウサギを添え、携帯を置く。
ときおり激しい風が吹き付けてくる窓に目を向けていると、またメッセージの着信があった。
『平気?』
『なに?』
少し考えて思い当たる。
『ほかにも傘は持ってるから大丈夫』
『じゃなくて雨
道路川みたい』
『2階だから』
『雷も鳴ってたし』
『落ちてこなければ稲光きれいだよ』
『うちのユウなんて
きっと今ごろ家で震えてる』
『まだ仕事?
ユウちゃんって?』
『帰りの電車の中』
『お疲れさま』と打ち込む前に写真が送られてきた。
芝生の上で気持ちよさそうにまどろむ柴犬だ。老犬らしく顔周りの毛がかなり白くなっているが、金谷がアイコンに使っている写真と同一の犬らしい。
背景に『ユウのいえ』という表札のある犬小屋が写りこんでいた。
『お子さんの名前かと思った』
『俺まだ独身』
なぜか、ふてくされてそっぽを向く柴犬の姿が美緒の目に浮かぶ。
結婚しても、姓が変わる男性はそう多くないだろう。人あたりの良い金谷なら、とっくに結婚して一児の父くらいにはなっていても不思議はないと思っていた。
同窓会で、男女問わず我が子の話題で盛り上がる同級生たちを目の当たりにした美緒は、そういう年代になったのだと実感したものだ。
自分自身への激励もこめ、『ファイト!』と絵文字を送った指が液晶の上でさまよう。
美緒は、書いては消しを数回繰り返して、ようやく送信ボタンを押した。
『名字が変わっていない私になぐさめられてもうれしくないだろうけど……』
表示されたフキダシをあらためて読むと、どうにもいたたまれなくなる。既読がつく前に送信を取り消そうとして、あたふたと操作するが間に合わなかった。
暗くなった携帯のディスプレイに映る自分の、浅はかさを後悔する。
しばらくして、ようやくひとつのメッセージを受信した。
『今日は本当にごめん』
その後携帯は、夜半すぎまで続いた雨風の音に反比例して、ピタリと鳴り止んだ。
美緒は、途中で買い物をする気にもなれず家路を急いだ。
帰宅後すぐにシャワーを浴びる。生乾きの髪をシュシュでまとめ、茹でたパスタにレトルトのミートソースで夕食をすませた。
テレビの情報によれば、台風は本土上陸こそしないものの、梅雨前線を刺激し大雨を降らせているらしい。海岸沿いでの水害も懸念されていた。
築二十年を超えるアパートの窓がカタカタと音を立てる。遮光カーテンを開け外を眺めると、街灯に照らされた街路樹が大きく枝を揺すられていた。
まさかこの部屋が浸水するようなことはないだろうが、停電にでもなったら面倒だ。念のため携帯の充電をチェックしようとして、メッセージがあることに気づく。
表示された画面で、柴犬が土下座をして謝り続けていた。
『遅くなってごめん
その電車乗れなかった』
ほん五分前に送られてきたらしい。おそらく急な用事でも入ったのだろう。
『こっちこそ忙しいのにごめんね』
手を合わせて謝るウサギを添え、携帯を置く。
ときおり激しい風が吹き付けてくる窓に目を向けていると、またメッセージの着信があった。
『平気?』
『なに?』
少し考えて思い当たる。
『ほかにも傘は持ってるから大丈夫』
『じゃなくて雨
道路川みたい』
『2階だから』
『雷も鳴ってたし』
『落ちてこなければ稲光きれいだよ』
『うちのユウなんて
きっと今ごろ家で震えてる』
『まだ仕事?
ユウちゃんって?』
『帰りの電車の中』
『お疲れさま』と打ち込む前に写真が送られてきた。
芝生の上で気持ちよさそうにまどろむ柴犬だ。老犬らしく顔周りの毛がかなり白くなっているが、金谷がアイコンに使っている写真と同一の犬らしい。
背景に『ユウのいえ』という表札のある犬小屋が写りこんでいた。
『お子さんの名前かと思った』
『俺まだ独身』
なぜか、ふてくされてそっぽを向く柴犬の姿が美緒の目に浮かぶ。
結婚しても、姓が変わる男性はそう多くないだろう。人あたりの良い金谷なら、とっくに結婚して一児の父くらいにはなっていても不思議はないと思っていた。
同窓会で、男女問わず我が子の話題で盛り上がる同級生たちを目の当たりにした美緒は、そういう年代になったのだと実感したものだ。
自分自身への激励もこめ、『ファイト!』と絵文字を送った指が液晶の上でさまよう。
美緒は、書いては消しを数回繰り返して、ようやく送信ボタンを押した。
『名字が変わっていない私になぐさめられてもうれしくないだろうけど……』
表示されたフキダシをあらためて読むと、どうにもいたたまれなくなる。既読がつく前に送信を取り消そうとして、あたふたと操作するが間に合わなかった。
暗くなった携帯のディスプレイに映る自分の、浅はかさを後悔する。
しばらくして、ようやくひとつのメッセージを受信した。
『今日は本当にごめん』
その後携帯は、夜半すぎまで続いた雨風の音に反比例して、ピタリと鳴り止んだ。