part-time lover
沈黙が和らいだところで、ビールと前菜が到着した。
「それじゃ久しぶりの再会に乾杯」
ケイさんの言葉を合図にグラスをぶつけた。
一口飲み込むと、喉まで清涼感が行き渡って生き返った。
緊張と暑さで喉が渇いていたことに気づく。
隣に視線をやると、男らしい喉仏を数回上下させて彼も喉越しを味わっていた。
「こうやってちゃんとお食事するの初めてですよね。お名前も初めて知りました」
自分の話をするのは得意でないので、まずはケイさんのことを知りたくて話題を振った。
「そうだよね。1年間もろくに個人情報伝えずに会う人って今までいなかったな」
「それは私も同じです」
あいづちを打ちながらビールを一口飲み込んだ後、視線を合わせてから彼が口を開いた。
「改めて、羽鳥 陽(ヨウ)って言います。
もう偽名で呼ばれるのも慣れちゃったから好きに呼んでくれていいんだけど。
一年越しの自己紹介っていうのもなんだか照れるな」
そう言うと目を伏せて、手元のマリネを少なめにすくって口に運んだ。
食べ方が綺麗な人だなと思った。
雅也くんとの食事とは違う時間の流れ方。
しっとりと落ち着いた、会話を楽しむための食事。
「じゃあ陽さんって呼ばせてください。
私は透子って言います。私の方もお好きに呼んでください」
ケイさん改め陽さんが言ったように、本名を伝えただけなのに、一気に距離が近づいた気がして気恥ずかしさが生まれた。
私も真似をして、少なめに一口チーズをかじった。
酸味が強くて好みの味。
「透子ちゃんね。可愛い名前。
彼氏とは順調?」
私から話を振ろうと思っていたのに、見事に聞き役を先に取られてしまった。
単刀直入な質問にどう答えるか迷うけど、相手も妻子がいるなら変に取り繕う必要もないだろう。
「まあ、そうですね。
付き合ってまだ1ヶ月もたってないんで、どうなるか分からないですけど」
「いいねー。楽しい時期なんじゃない?相手は年上の人?」
彼氏の話をしたところで、焦ったり嫉妬する様子は全くなさそうだ。
グラスに残ったお酒を飲み込み、口を開いた。
「いや、同い年です。友達の紹介で」
「そうなんだ!意外。大人っぽいから年上の人が好きなのかと思ってた」
彼もグラスを空にして、またスマートにオーダーをした。
「あ、ビール以外のものがよかったら言ってね」
注文した後に当然の如く同じものを頼んだことに気付いて焦る様子が可愛らしく思えた。
「大丈夫です、陽さんと飲む時はビールって決めてるので」
「よかった。けど、無理しないでね」
「ありがとうございます」
思わずこぼれるはにかみを隠すため、もう一口料理を頬張った。