part-time lover
店の前で夏の夜風を感じながら、陽さんを待った。
それなりに飲んだ割に、視界も足取りもしっかりしている。
「お待たせしました。夜になっても暑いね〜」
伸びをして、外の空気を吸いながら彼が店から出てきた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「どういたしまして。俺はタクシー拾おうかと思うんだけど、透子ちゃんは電車?」
「はい」
「じゃあ駅まで一緒にいこうか」
「あ、だったらここでも…」
「いや、酔い覚ましにちょっと歩きたいから大丈夫」
大通りの方へ体を向けて、今度は隣に並んでゆっくり歩き始めた。
人通りが徐々に多くなってくると、現実に引き戻される気がした。
人混みに紛れるなら、指くらい触れてもいいかなと思ったけど、そこまで大胆になれるほど酔ってないようだ。
内心理性で止まれる自分を褒めながら、少し寂しい気持ちになる。
「また、彼氏のことでも仕事のことでも話したくなったら連絡して。
俺も仕事がはやく終わる時には声かけるから、今日みたくタイミングが合えばまた飲みたいな」
駅の入り口が遠くに見えたところで、こちらを伺うようにそう言った。
物理的な距離は理性で保てても、気持ち的な距離は勝手にどんどん近づいていくのがわかった。
社交辞令で返せばいいものの、素直に喜んでまたこの人と会いたいと思っている自分をどうしたらいいのかわからなくなる。
「はい。ありがとうございます。
また近々お会いできたら私も嬉しいです」
こちらの焦りが伝わらないように、極力落ち着いた声で答えた。
「こちらこそ、そう言ってもらえてよかった」
駅前で足を止めて、改めて彼と向き合った。
珍しく少し酔っているのか、潤んだ瞳が綺麗で触れたい気持ちに拍車がかかる。
変なことを口走る前にさよならを言わないと。
「送っていただいてありがとうございました。
今日は楽しかったです。また、ぜひタイミングの合う時に」
「こちらこそ。会えてよかった」
会釈をして振り返ろうと思ったタイミングで、顔を覗かれて軽くキスをされた。
唇を奪われるというのは、こう言う時に使う表現なんだろう。
あっけに取られて言葉が出てこない。
「ごめん、さっき俺の言葉で泣いてくれたのがグッときちゃって。
またね」
キスなんてしましたか?と言いたいようにクールな顔で微笑んでから私の背中を押して、帰るように促された。
「このタイミングでずるいです!
気をつけて帰ってくださいね。おやすみなさい」
振り返りながら彼に視線を送って、吐き捨てるように挨拶をしてから逃げるように改札へ続く階段を降りた。
一瞬のことだけど、陽さんの唇の感覚がまだしっかり残っている。
顔がほてるのも心臓が高鳴るのも、酔いのせいではなさそうだ。