part-time lover
「お待たせ」
彼の声を聞き、ふと我に返る。
危ない、これ以上浸ると心の中でポエマーを発揮するところだった。
コンビニの角を曲がり、前回と同じホテルの同じ部屋に入った。
壁に染み付いたタバコの匂いがして、少し懐かしく感じる。
ソファに腰掛けてすぐに乾杯をした。仕事終わりのビールというのはなんでこうも美味しいんだろう。
「今日もお疲れ様。大学生っていま夏休みなんだっけ」
今日も乾杯の後に口を開いたのは彼の方だった。
「いや、もう授業は始まってます。と言っても授業はほとんどないんですけど」
去年の今頃何してたか思い出しておいてよかった〜と内心安堵する。
「そうなんだね。今日はこの間よりも大人っぽい格好してるけど、何か予定でもあったの?」
「家庭教師のバイトを始めたんで、少し落ち着いた格好かもしれませんね」
妥当な言い訳も用意しておいてよかった〜とさらにホッとする。
と同時に、男の人だから服装なんて気にしてないかと思ったけど、よく見てるなと感心した。
さすがに前回とスカートの丈が10センチ以上違えば気になるものか。
「バイト始めたんだ。家庭教師、すごいね。何教えてるの?」
「英語と数学です。文系なんですけど、教えてと言われたら断れないので中学生の教科書見ながら必死に復習してるんですよ」
これは事実。といっても数年前の出来事だけど。
嘘をつくのは得意じゃない。
というか嘘に嘘を重ねて回収できなくなるのが怖いから、自分とはまったく違う人物を演じるにしても可能な限り事実を織り交ぜるのが私のポリシーだった。
「すごいなー、うちの娘にもついてほしいくらい」
「色々バレたら私奥さんに刺されちゃいますよ」
毒のきいた冗談を言って笑いあった。恋愛感情がないからできる話題ってあるよなと思った。