part-time lover
「お待たせ。ちょっとここから離れてるんだけど、酔い覚ましに少し歩いても大丈夫?」
「うん、大丈夫」
先ほどよりも頼りない足つきで麻布十番の方面に歩き始めた。
少し揺れる視界がなんだか心地よい。
「結構飲んだよねー。透子ちゃん酔ってる?」
「酔っ払ってるよ〜。いいお店だったし、話も楽しいしペースよく飲みすぎたかな〜」
警戒している相手になら酔ってないよと言うんだろうけど、雅也くんが相手だと明らかに隙だらけな返答になってしまう。
普段人見知りで冷静な自分を装ってる分、酔うと開放的で陽気になるのは良くも悪くも自分の習性だと理解はしていた。
「楽しそうだなー。ただちょっと危なっかしいからここ掴まってて」
そういうと彼が私の手を取った。
ことの運びがスマートすぎる…と、普段なら一気に酔いが覚めるところなんだろうけど、全く不快感を感じてないのが恐ろしい。
「人との距離のつめかたが上手い人ってずるいなー」
心の中で留めておこうと思ってたのに、無意識のうちに思ったことが口からこぼれていた。
「別に上手くないよ。危なくないようにっていう心配が半分と、こうしたいなって俺のわがままが半分」
半歩分前を歩いた彼が軽く顔をこちらに向けながらそう言った。
余裕を含んだ穏やかな笑顔に少し心が苦しくなる。
「ご心配ありがと。それに私もこうしたかった…かも」
「かもってなんだよ」
気恥ずかしさから断定はできなかったけど、本心だった。
照れ隠しに笑う彼のことを、純粋に可愛いなと思った。
照れくさいこの空気感も、この雑踏の中なら少し紛れる気がして、行き交う人たちに感謝をしたい気分だ。
恥ずかしさが落ちついてきたタイミングで繋いだ彼の手を確かめるように強く握り返すと、適度な湿度と骨の感触が妙に肌になじんだ。