偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
最悪な日の素敵な出会い
【最悪な日の 素敵な出会い】

 ふと振り返り、建物を見上げる。

「ここに来るのも、もう最後か……。次は患者としてだったりして」

 【三島紀念病院】(みしまきねんびょういん)と書かれた大きな看板を、わたし小沢那夕子(おざわなゆこ)は感慨深い気持ちでじっと見つめていた。

 手には同僚から手渡された小さな花束と、私物を入れた紙袋。

 看護大学を卒業してから六年、精一杯患者と向き合ってきた。未練がないと言えば嘘になるけれど、辞めると決めたのは自分自身だ。

 ため息をつきそうになったそのとき、ビュウっと大きな風が吹き長い髪の毛を巻き上げた。

 二月下旬、別れの季節にはほんの少し早い。そんな中で、わたしはひとり惜別の念を強く感じていた。

「はぁ」と短いため息をついたあと、うつむきそうになる顔をグイッと上げ夕暮れ時の空を見る。

「ダメダメ、これ以上幸せ逃したらっ!」

 自分をふるいたたせて一歩踏み出す。

 これから新しい人生が始まるんだから……。ここから先は輝かしい道が続くのだと信じて。今以上に悲惨な状況になんてなりえないのだから。

「さて、行きますかっ!」

 その場でぐいっと空に手を突き上げ、大きく伸びるとシャキッと背筋を伸ばして歩き出した。

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