偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「ストーカーは誤解です。わたしたちはきちんとしたおつき合いをしていました」
「そう……あなたがそう言うならきっとそうなのでしょう。でもね、真実がどうだろうとそこは問題じゃないのよ」
「どういう意味ですか?」
正しいことを言っているにもかかわらず、それが重要視されないなんて。
「片野先生はもうすでに、院長のお嬢様との婚約が公になっているわ。だから院長は絶対に片野先生の味方につく。お嬢さんを溺愛しているから、それはまちがいないわ」
院長は権威のある優秀な医師だ。彼の元に全国から多くの医師が師事し、世界的にも注目を浴びている。
しかし、娘の美穂さんのことになるとすっかり父親の顔になってしまうようで、彼女に甘いことは院内でも有名な話だった。
黙り込んだわたしを見て、師長が嘆息を漏らし、「困ったわねぇ」とつぶやいた。
状況がどうにもならないことに対しての言葉だとわかる。
けれども関係のない師長を困らせている原因はわたしにもあるのだ。このままでは問題の解決にはなにひとつならない。
悔しくて拳をぐっと握り、奥歯をかみしめる。決意を固めて、わたしは口を開いた。
「わたし、辞めます」
その言葉に師長は困った顔のままわたしを見た。
「あなたはなにも悪くないのでしょう? 後悔することになるわ。それに私たちも困るわ。小沢さんがいなくなると」
「いいえ、このまま続けていてもいずれ噂が広がればいづらくなる一方ですし、わたしの代わりならばたくさんいますから」
そう、翔太が別の人を選んだように……。
やり場のない悔しさがこみ上げてきて、目頭が熱くなる。
こんな形で職場から離れなくてはならなくなったことが、悔しくて仕方ない。