偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「那夕子のその気持ちは、ヤキモチだろう?」
指摘されて、気がついた。尊さんが他の女性に目を向けると思うと、胸が凄く苦しかった。それも非の打ち所がないような、彼にふさわしいであろう相手。そう思うこの醜い感情は、紛れもなく嫉妬心だ。
「ご、ごめんなさい……わたしにはそんな権利……」
「ない、なんて言わせないよ。むしろ僕にヤキモチをやいていいのは、この世界で君だけ」
不機嫌なわたしを前にしても、尊さんは本当にうれしそうにしている。
「キスしていい?」
本当に上機嫌な尊さんに聞かれて、わたしは慌てて「ダメだ」と言おうと口を開こうとした。
「ダ……んっ……あ、たけ……るさ」
拒もうとしても、拒みきれず彼に唇を奪われる。唇を食まれ、舌先で甘やかされる。唇が離れると、尊さんは色気の滾る視線をわたしに向ける。
「もう一回聞く。キスしていい?」
ダメだ……こんなところで。それにこのキスの意味をどう捉えていいのか分からない。
首を振ろうとすると、彼の大きな手の平がわたしの後頭部に添えられた。
否定することもできず、上を向かされたわたしに、さっきよりも激しいキスが繰り返される。
「だ……め、です」
しかし形ばかりの抵抗は、尊さんには通用しない。
彼は決してわたしを傷つけない。本当に嫌がることは決してしない。
裏を返せば、わたしがこのキスを本気で嫌がっていないことが彼にはわかっているのだ。
彼はわたしが潰れないようにと大切に持っていたバラの花束を手に取ると、強くわたしを抱きしめた。
人気の無い街路樹の影で、わたしたちは唇を重ねる。お互いしか目に入っていないわたしたちを、初夏の風に揺らされた木々が見守っていた。