偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
しかし穏やかな幸せを感じたのもつかの間。部屋に戻ったわたしに現実が襲い掛かってくる。
食事も終えて、温泉にもつかった。で、あればその後は……。
寝室のほうを意識してしまわないようにすればするほど、わたしの行動が怪しくなる。
「なんだか、のどが渇きましたね。なにか飲みませんか?」
屈んで冷蔵庫の中を見る。ビールにジュースなどが入っている。
「でも、尊さんはさっきビール飲んでいましたよね。あ、それよりおばあ様に連絡――」
「ちょっと落ち着こうか。那夕子」
尊さんがわたしの背後にかがんで、冷蔵庫の扉をゆっくりと閉める。背中に彼の体温を感じる近さ。
振り向きたくても、この距離では近すぎてはずかしく、それもできない。
「す、すみません。ひとりでべらべらと」
どうやらわたしの緊張なんぞはお見通しのようだ。ばれてしまって、恥ずかしさが増していく。耳が赤くなっているのもきっと至近距離で見られているはずだ。
「那夕子、こっちを向いて」
落ち着かせるような、優しい声。この声を聞くと彼の言う通りにしてしまう。
ゆっくりと振り向く。すぐに尊さんの優しいまなざしがそこにある。
その目の中にわたしを思う気持ちがあるから、彼に見つめられると恥ずかしいけれど胸がうずく。
「あれを準備してもらったんだ。ふたりで飲もう」
彼が指さす窓辺にあるテーブルには、茜色の江戸切子の徳利と杯が置かれていた。
ひとりあたふたしていたわたしは、はぁと息を吐いて気持ちを落ち着けた。