偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

「自分でできますから」

 彼を止めようとすると「いいから」と言って、止められる。

「自分でできることでも、人にしてもらうとうれしいだろう? それができるのは、パートナーである僕の特権。だから、たとえ那夕子でも邪魔はさせないよ」

 おかしな話を、すごく真面目に話す。思わずクスッと笑ってしまった。

「では、お言葉に甘えて」

 されるがままになっていると、尊さんは突然手を止めて「そうだ」とつぶやき、羽織の袖から、小さな紙袋を取り出した。そして中身を取り出す。

「これ、那夕子にプレゼントしようと思って」

 黄色いチューブには、白い花の絵が描かれていた。ハンドクリームのようだ。

「さっき、売店で見つけたんだ。この近くのハーブの店で作っているらしい」

 彼は話をしながら、中身を手の平に出した。ふんわりとカモミールが香る。それを彼はわたしの手に塗ってくれた。

 丁寧に、ゆっくりと、いたわってくれる。

「ガサガサで……恥ずかしいです」

 仕事上、何度も手を洗う。そして今みたいにクリームを塗る暇なんてない。

 しかしそれでもしっかりと手入れをしている人もいるのだから、ただの言い訳だ。

「どうして? この手は、君が仕事を頑張っている証だ。この手でたくさんの人を助けてきたんだろう?」

 念入りにクリームを塗ってくれる。指先まで彼の優しさがすり込まれていくようだ。

 この人は、見た目の美醜なんか気にしない。わたしの中の大切なものをみつけてくれて、一緒に大切にしてくれる。

 さっきまで恥ずかしいと思っていた自分の荒れた手さえ、誇らしく思えた。
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