偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
川久保邸のダイニングで、わたしはおばあ様とランチを取っていた。美味しい料理が並んでいるが、ほんの少しスープを飲んだだけで、後は口をつけただけ。
お皿には出てきたままの料理が残っている。
翔太に呼び出されたあの日、尊さんは夜の便で出張でスイスに向かった。連絡を取ろうと思えば可能だけれど、わたしは好都合とばかりに彼と話をするのを避けていた。
決定的な話をしなければ、その間は彼のモノでいられるから。そんな浅はかな考えだった。
実際どういう理由を告げれば、尊さんは納得してくれるのだろうか。ただ『別れたい』と告げるだけでは、きっと許してくれないだろう。
けれどいくら先延ばしにしたところで、結果は変わらない。むしろそのせいでわたしは追い詰められて、周りの状況が見えなくなってしまっていた。
食事後、おばあ様の部屋に呼び出された。
午後からは散歩に出る予定にしていたので、ブランケットを手に部屋を訪れる。
「那夕子さん、ちょっとそこに座ってお話しましょう」
「はい……」
突然あらたまってどうしたのだろう。
わたしは、おばあ様がベッドからゆっくりと歩くのを手伝い、彼女がソファに座ってから、向かいに腰を下ろした。
「那夕子さん、あなたと尊の間になにがあったの?」
「……っう、どうしてですか?」
「こう見えても、案外わたしも鋭いのよ。昔ほどじゃないけれど」
なぜ?と疑問に思ったけれど、きっとおばあ様はわたしの様子がおかしいことにとっくに気がついていたのだ。そして尊さんが何らかのトラブルをかかえていることも。
「まあ、わたくしがとやかく言うことはできないわね。きっと根本的な原因はわたくしですから」
「おばあ様?」
疑問に思い首を傾げるわたしに、おばあ様は悲しそうに顔を曇らせた。
どうしておばあ様が? ますます不思議に思う。
「尊と一緒にいるのがつらいなら、無理しなくていいですよ。あなたはあなたの場所に戻りなさい」
「……っ」
おばあ様の言うとおり、ここはわたしのいる場所ではないのかもしれない。