偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「誤解しないでね。わたくしは、この家が本当にあなたの戻る家になってくれればと思っています。でも……そのことで那夕子さんがこんなに悩んでいるならば、離れたほうがいいと思うのよ」
おばあ様の言葉の端々から持つ違和感。
「おばあ様。わたしと尊さんが、夫婦を演じていていることにお気づきだったんですよね?」
「本当にごめんなさいね」
深く頭を下げたおばあ様は、なかなか顔を上げてくれない。
おちゃめで物事をはっきり言うおばあ様が好きなのに、こんなふうに謝らせるなんて……。
「やめてください」
「そうね、こんなことをしても許してもらえないことをしたわ。ボケたふりしてあなたを引き留めるなんて、卑怯者のすることね」
顔を上げたおばあ様は後悔をにじませていた。いつもは川久保家の女主人として、体は不自由ながらも、威厳のあるおばあ様が小さく見える。
こんなふうに謝らせてはいけない。わたしだっておばあ様が痴呆ではないんじゃないかと薄々気がついていたのに、夫婦のふりをしていたのだから。
「尊が那夕子さんに興味を持った様子だったから、なんとか引き留めることができないか考えた結果だったの。これまであの子が女性に執着するなんてことは、わたくしの記憶にある限りはなかったのよ」
申し訳なさそうな目でおばあ様はわたしを見つめる。
「でもきっと、わたくしがこんな余計なことをしなくても、あなたたちふたりは惹かれ合っていたでしょうね」
後悔を滲ませるおばあ様の声。
しかしわたしには、嘘をつかれていた怒りの感情よりも安堵のほうが大きかった。