偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「安心しました。おばあさまの記憶が混乱していなくて。もしかしたら本当に症状が出たのかもしれないと思っていたので。尊さんもご存知なんですよね?」
おばあ様は気まずそうに、うなずいた。
わたしはほっとしていた。おばあ様が中村先生の見立て通りで、痴呆を発症したわけではないのだとわかったからだ。
「那夕子さん……あなたっ……こんなときまでわたくしの事を考えてくださるのね。こんな面倒な状況にしたのはわたくしなのに」
おばあ様の目に涙が滲んだ。
「たしかにおばあ様のために、わたしは尊さんと夫婦のふりをしていました。でもそれに後悔はないんです。ここでの生活はとても楽しかったから」
わたしは今の自分の正直な気持ちを打ちあけた。けれどできればもっとここでみんなと一緒にいたいということだけは言わなかった。
「でも、やっぱり嘘はダメですよね」
泣かないでいようと気持ちを強く持ち、笑顔を浮かべた。
うまく笑えていないは自分でもわかっている。けれど、笑わなくてはいけない。
「ですから、わたしはここを出ていきます。今までお世話になりました」
「那夕子さん……考え直せない? 尊とのことはわたくしも力を尽くしますから、なんとかとどまれないかしら?」
わたしはゆっくりとでもしっかりと首を振る。
「とてもうれしい申し出ですが、すみません」
「尊のこと、嫌いになった? わたしから見てもあなたたちはとても大切にしあっているように思えるのだけれど」
きっと自分のことのように胸を痛めてくれているに違いない。
おばあ様も尊さんと同様、他人であるわたしを家族のように大切にしてくれた。
そんな彼女に嘘でも『尊さんのことが嫌いになった』なんて言えない。
嘘をついて仮の夫婦となったとはいえ、わたしたちの間に芽生えた気持ちまで〝嘘〟にはしたくなかった。
「尊さんが……好きだから出ていきます。わたしが彼にできる唯一のことなので」
「どうして!? なぜ、そんなことが尊のためなの? 那夕子さん、間違っているわよ。いったい何があったのよ?」
おばあ様が腰をうかし、わたしの手を握った。