偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
お年を召した彼女の手は、小さくて温かい。けれどわたしを説得するように力強い。
その手を振りほどくことに、どれほど葛藤があっただろうか。できれば彼女の言う通り、この場にとどまって解決を待つべきなのかもしれない。
でもきっとそうなれば、尊さんが大きな被害を受けるに違いない。きっと取り返しのつかないほど甚大な。
そしてそれは、病気で苦しんでいる患者さんやその家族、薬を待ち望んでいる人にも影響を及ぼすだろう。
そう考えれば、わたしのわがままで押し通すことなんてできない。
「もし今は間違っていると思っていても、結果的にはこれでよかったと思う日が来ます」
「そんな日、絶対にこないわよ。絶対に間違っているわ」
おばあ様は吐き捨てる。
きっとこれ以上なにを言っても、わたしの気持ちが変わらないと思ったからだ。
「今まで、ありがとうございました。どうかお体、お気をつけて」
わたしが彼女の手を握ると、もう片方の手をわたしの手の上に重ねてきた。温かさが涙を誘う。
「いつでも戻ってきてね。やっぱりわたくしは――」
「これ以上は……」
わたしが首を振って否定すると、おばあ様は寂しそうな目でわたしを見てゆっくりと目をつむった。
「わかったわ。ありがとう」
わたしの手をポンポンと二回叩くと、彼女のぬくもりが離れていった。
わたしはすぐに立ち上がり、扉の前へ向かう。今にも涙がこぼれ落ちそうなのを必死に隠して。